【書評】ヤノマミ

ヤノマミ

国分拓

 

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想像し難い文化

圧倒的な文章力と客観性。

そして幻想的なノンフィクションだった。

 

地球は広い。人の数ほど文化がある。アメリカのギャング、インドのサドゥー、アフリカのマサイ族、イスラエルユダヤ教徒。理解できない論理で、想像しがたい世界が広がっている。

しかし、その文化の中でも、このヤノマミは異質だ。なぜなら、圧倒的な原始文化だったからだ。

 

私たちは原始文化を想像することができるだろうか。かつて、石器を持って、野や山を駆け回り、明日の食料を調達できるかどうかわからない状態を想像できるだろうか。

できないと思う。同じ人間だ。でも、環境が圧倒的に違う。

 

もう思い出す事ができない人間の過去がヤノマミの本にはあった。

 

この本の面白さとは、私たち人間の幸せとはどこにあるのかと問うてくるところだと思う。

 

 

人間の幸せとは

この本を通して考えた。そんなことが書かれている本ではない。ただ、客観的に男と女、色恋、狩り、祭りが語られている。でも確実に何か訴えるものがあった。

ヤノマミは1万年間同じ生活を続けてきた。ジャングルに家を作って、狩りに行き、子供を生み、育て、死んで行く。ジャングルの精霊として生まれ死んでいく姿は、一人の人間ではなく、自然の一部だった。

そんなヤノマミの生活が今まさに壊れようとしている。

 

文明化だ。

 

若いヤノマミは文明化が著しい。携帯やDVD、サッカーボールと、過去1万年に存在しなかったものが、近年増えている。

先住民族も便利さという文明化には抗えないらしい。

特に最近では、石器はもう使われていないそうだ。人々は鉄器を使い、それを後生大事に持ち続ける。ある鉄のナイフは30年以上もかけて1000キロ以上、人の手を渡り歩いたそうだ。

鉄のナイフはまだ良いが、携帯やDVDとかいったものは、過去1万年間全く存在していなかった。それが人の手に渡ったことは、私たち資本主義の人間から見ると、ようやく市場開放の兆しが見えたと言ってもいいだろう。ついにそこが消費主義の仲間入りなのだと喜んでいいだろう。

だが、純粋な人間として喜べることなのだろうか。短期的に見たら、先住民の若者は便利な道具を手にして幸せなのかもしれない。しかし、長期的に見たらどんどん欲望が出てきて、それを手に入れるためにはお金が必要で、そのためには資本主義社会でお金を手に入れなければならなくなり、ついには元あった先住民族の生活を捨て去ることになる。

 

果たしてそれが人間の幸せにつながるのだろうか。

特に文明化が激しいヤノマミは今まであったジャングルの生活を捨て、街に出て、物乞いをし、売春をして生計を立てている人もいるとのことだ。

 

なんだか悲しくなる。

一体、文明化とは何だろうか。人を幸せにするのだろうか。

私たちは文明化、いやはや欧米化によって本当に幸せ感は増えたのだろうか。

 

アハフーというヤノマミの笑い声が聞こえてきそうだ。