【映画】メッセージを読み解く "into the wild"

久しぶりに旅の映画を見た。旅をする人にとってはバイブルかもしれない、into the wild。やはり一度よりも二度見る方がより理解できる。わかったつもりになってはいけないね。

f:id:dasblog:20161124002716j:plain



あと味が悪いこの映画が果たして一体何を伝えたかったのだろうと考えた。

恐らく、
「真理は理解できた。でも真理を得れなかった。」

この映画が伝えたかったことを主観たっぷりに述べていきたい。

主人公が旅をした理由は、両親の愛情不足からだ。そして物質主義社会の反動。要は、現実に反発するようなに旅を始めた。

そこで出会ったヒッピーカップル。興味深いのは焚き火でのシーンでの主人公の言葉。「愛でも、平等でも、名誉でも、公平でもなく、真理を教えてくれ。」
この一節で旅の目的は真理を知ることだと考察できる。

物質社会とは真逆の、自然で生きる喜びを、旅を通して次第に理解していく主人公。皮を下ってメキシコまで行ったり、ある山へ登って遠くまで見たり、大自然の中で仕事をしたり。しかし、自然の中での喜びを体感している時、いつも隣には人がいた。

自然のシーンとは少し別だが、ヒッピーのキャンプ地で歌を唄うシーンがある。自然の中でいる笑顔とヒッピー村でいる笑顔はさして変わらない。むしろ、色恋の感情がある方が生き生きとして見えた。

ずっと北へ登り、そしてアラスカへ。荒野へ。まさしくinto the wild。そこで主人公は自然の脅威を知ることになる。人の前に立ちはだかる強大な自然。その自然を相手に人間はあまりにちっぽけだった。食べ物もなく、次第に衰弱していく体。そして毒にあたり、自らの命に先はないと悟った。

そこで旅の目的だった真理を得た。

幸せとは、それを人と共有できた時に感じられる。

旅の意味は見出せた。しかし、そこから得ることはできなかった。

 

 

 

往往にして、旅の映画は現代社会に復帰するような形で戻ってくる。決してヒッピーなど、現代社会に目を背けて生きる姿が記されているわけではない。
私の好きなthe beachやtrain spotting然り、結局は現代社会に復帰し、昔を懐かしむ形で結末を迎える。



into the wildも結局は現代社会に戻ろうとしていた。
興味深かったのは、ヒッピーのシーンだ。長年旅を続けている男性が「ヒッピーもいろいろあるんだよ。」
結局どこへ行っても変わらないのだろう。ヒッピーであろうが、現代社会に生きる人であろうが、人間関係という間柄で生きている限り、どこへ行こうと変わらない。人間関係こそが悩みのタネであり、人間関係こそが幸せのタネでもあるのだと。

そう教えてくれのがこの映画である。